わたしが勝手にちかしく感じている詩人、辻征夫さんの『夜道』という詩です。辻さんの詩のなかでも、特に好きな詩の一つ。
 やさしくて、さみしくて、静けさのある詩です。それだけではなくて、「わんわんわ」が可笑しい。

 わたしが好むのは、平易な言葉で書かれている詩です。
 ”この時代”的な詩は、わたしはあまり好みません。”この時代”的というのはつまり、神経症的な感じというか。露悪・偽悪であることに気付かないままでいる感じというか。難しげにうそぶいている感じというか。あるいは、心象風景のみで作られている感じ……。ああ、ぜんぜんうまく説明できませんけども。
 やさしい言葉で、本当のことを語る。やさしくよめる文字列のなかに、詩情が流れている。そういう詩が好きです。いかにも詩の言葉だけで書かれている作品よりは、普通の言葉で書かれてあって、その一部に、それとも作品全体に、ふっと詩情が存在している。そういうものが、わたしは好きです。
 といっても、あまり簡単に、そんなふうに言い切ってしまえるものではないのですけどもね。
 
 『夜道』は、こんなに平易な言葉で書かれ、また短い作品でもあるというのに、そこにえがかれている世界はとてもひろいです。
 夜道の暗さや、静けさ。その様子が、心に思い浮かびます。夜気が頬に触れる感じも。そんななか、ひっそりと、主人公は歩いています。さみしさを心地よく感じていたかどうかはわかりませんが、夜道を歩く人は誰も、さみしげな雰囲気がありますね。主人公は、犬と出会います。親しく挨拶をしてすれ違って、そしておそらくは、もう二度と会わない。そういう出会いです。そして、ふんふんふんと鼻を鳴らしてにおいをかぐ犬に、「ぼく」の心は一瞬にして、時の果てへと飛んでいきます。

この犬 / どうしたのかな / 亡くした子犬を / さがしていて / ぼくが その子じゃないかと / たしかめているのかな

 この詩を読むとき、わたしはふと、立ち止まる。
(生きとし生けるものたちは、いったいどこから来て、どこへ行くのだろう……)
 この詩は、読んだ人の心をも、時の果て、時の彼方へと、連れていくのです。
 
 
辻征夫『夜道』