干刈あがたさんの『ウホッホ探検隊』という短編小説が良かった。気付かぬうちに泣いていた。

 「離婚」というものに出会った家族の話だ。離婚のその前後の家族の様子、特に母と子の三人の様子を、母親である女性が淡々と見つめ辿っていっている。そういう静かな話だった。
 わたしにとっては、題名しか知らないうちには手に取る気にはならなかった作品であって、読後の今もこの題名に賛成をしないのだけれど、作品はとても良かった。

 主人公の、他者との距離の取り方が、まずわたしは好きなのだと思った。他者である我が子たちや元夫の心のなかを勝手にのぞき込んで決めつける、ということがないこと。そういう描写をしていないこと。そう感じさせる、この文体がまず好きだ。 
 丁寧に辿っていっている情景への、語り手・主人公の焦点が、定まったままではなく、焦点のその位置が途中何度か微妙にずれていって、そしてそのままであること。また、最後にすべてを収束させるというわけでもなく終わること。そういう感じも、わたしには好みだった。少しだけねじれている感じと、閉じないままで終わる、流れていくように終わる感じ。

 離婚というものをほとんど知らないわたしが思わず知らず泣いてしまったのは、この小説に描かれている誰かの心情に感情移入し心震えたからではないのだと思う。
 主人公は静かである。微かに震える感じはあるが、騒いでいない。震えつつ、観察している。自分の気持ちや子らの気持ちを、すべて感じ取ろうとしている。丁寧に、静かに観察し辿っていっている。結果、この小説に描かれているのは「場」だ。離婚というものに出会い、たましいだけで泣いて、そして生きることが続いていっている。そういう、ある母子のいる「場」が描かれている。
 たましいだけが泣いているような、微かに震えるような、静かな文章。そして、そういう文章で描かれているのは、やはり、たましいだけが泣いているような「場」であって、わたしはそれにすっかり包まれてしまい、登場人物よりも、誰よりも早く、思わず実際の涙で泣いてしまったのだという気がする。